樂篆工房(らくてんこうぼう)

形と由来の変化

姿から読み取れる文化と精神性

今から3300年前の中国、「殷王朝」によって発明された甲骨文字から、様々な時代を経て少しずつ変化してきた漢字。美しい自然や人々の営みの姿、漢字の語源が表す独自の文化や精神性、豊かな世界を感じてみてください。

古代文字1 甲骨文字

神との交信の神聖な文字

殷の卜占(ぼくせん)では亀甲や牛骨を焼灼して、ひび割れを生じさせ、それによって吉凶を占い国事を定めました。何を卜占したかその結果を刻したものが甲骨文字です。
今日知られる最古の漢字で、目に見える事象を絵画のように描いた象形文字です。民衆のものではなく、貴族が神との交信を記録した神聖な文字でした。

古代文字2 金文(きんぶん)

人と人との情報伝達として一般化

殷代に主に祭祀の場で使われた青銅器は、周時代になると功績を称える記念品の意味が強まり、世界に類を見ない青銅器文明が花開きました。この青銅器に鋳込んだ文字を金文と言います。
銘文の内容も賜物・君主命令・記念・部族間の契約等多彩となり、神への対話としての甲骨文字から、人と人との情報伝達としての文字へと変化していきます。

古代文字3 小篆(しょうてん)

秦の始皇帝により統一化

紀元前221年に中国統一を成し遂げた秦は、各地方で独自に発達していた文字を小篆として統一しました。
縦長で線の太さが均一、左右対称の字形を原則とし、秦が「統一された法治国家」であることを示すため、国の公式証明手段としても用いられました。
公式書体の歴史は極めて短かいものの、現在でも印章等に多く用いられています。

隷書(れいしょ)

下層の人々にも浸透した文字

下層の役人による事務処理が多くなると、複雑な形をした小篆は極めて書きづらく、すぐにその形を崩し始め走り書きが多く発生する結果となりました。
迅速に書く工夫として小篆の書体の単純化・簡素化を生み、隷書が生まれます。字体が篆書と異なり横長になったのは、記録媒体が柾目の木簡に変化し、横画には大きな負担がかかるためでした。

楷書(れいしょ)

日常の実用文字として変化

日常の実用文字をもっと速く書きたいという思いから、草隷書→行書と変化し、誰でも読み違えない様、字画を崩さず整然とした書体として、南北朝から隋唐にかけて標準となったのが楷書です。
宋時代に書体として洗練され、現在の漢字の最も基本的な字形で、正書・真書とも呼ばれます。